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沈黙を感じる力(vol.284/2005.03.06)

この間、病院訪問ボランティアで初めて
派手にずっと泣く人に遭遇しました。
勉強会ではそういうロールプレイングを先輩がん患者が
演じるのですが、私は心の中で「そんな人、いねえよ」と
思っていました。
というのも、この2~3年で急速に
入院期間はどの病院でも短くなっています。
それに、ボランティアを受けてみようという人は
割と前向きです。
そしてそして全室個室のバカ高い入院費を払える聖路加の
患者さんはやはりお金持ちなので、
金銭的に比較的余裕があります。

しかしこの間の3人目にやった人はとにかく泣いていました。
ずっと泣いていました。
「どうしようかな~」って思いましたけど、
そんなふうに考えられる分、
比較的落ち着いている自分がいました。
そして沈黙を味わいつつ、励まして、1時間弱で
少しはその人は元気になったと思います。

沈黙についてあとで考えてみると、
種類があることに気づきました。
エスキモーは雪に関して77種類(?だっけかな)の言葉を
持っているそうです。
(日本では、みぞれ、粉雪、ボタン雪?、あと何だっけ?)
それだけ区別があるから雪に対しあらゆる対処が出来、
極寒の地で何世代も生きているわけです。
沈黙も同じで、
その区別がない人はお手上げになってしまうわけです。
私はまだ数種類ですが、発見しつつあります。
「不毛な沈黙」と「充実した沈黙」。
「意味のない沈黙」と「何かをふっきるための沈黙」等。

とにかく静かに人といることが出来るようになったのも
この病の効用です。

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