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桜はきっと頑張っていない(vol.337/2006.04.02)

桜の開花前線北上に比例して、マスコミでの桜の名所中継、
夜桜見物の生中継などがヒートアップしています。
あるテレビ局でリポーターの人が
「今年も頑張って咲いてくれました」
というような表現をしていました。

その人がきっとそう感じたんだから
それはそれで間違いではないのですが、
私は「植物は別に頑張っている訳ではない」と思います。
もちろん光や水がないと植物は枯れてしまうのですが、
頑張っているのでなくもっと淡々としたものだと思うのです。
それを見て「頑張っている」というのは、
人間の余計なお世話というか
かえって傲慢な気さえしてくるのです。

と、ここまで考えて、ふと思ったことは
「結局、桜云々でなく、これは自分のことだ」ということ。
「桜に自分や人のを投影させていたんだ」ということ。
つまり、「『あなた、がんに負けず、頑張っているわねぇ』
と言われたくない、と思っている」ということ。

とにかく、私は肩の力を抜き、自分の道を進んでいこう。
そして目の前の人の表面でなく、その人の心、
深いところの静かな部分を見て判断し、接していこう。

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