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上田閑照氏的自己(vol.431/2010.02.10)

哲学者で、現在は京都大名誉教授の上田閑照氏が言う

 「私は、私でなく、私である」

という禅問答のような命題が
ここ最近、実感できるようになりました。

それは自分や周りの特に進行性の
乳がん患者仲間を見ていると

 「私は本当にとても健康です。
  この問題はあるけれど、
  それでも私なのよ」

というスタンスの人が多いからです。


進行性の乳がんは今のところ、
なってしまうと完治は難しく、
それと共に生きることになります。
ですから客観的医学状態とは明らかに矛盾します。

しかし、周りを見回したり、
マスコミなどを通して入ってくる情報で判断すると、
がん治療を受けているにもかかわらず、
自分を健康だと感じている人がほとんどです。
そしてそう感じる多くの人が
社会的に何かの仕事、運動、ボランティア、地域活動に
参加しています。

要は上田氏の構文を、上述の文章でもう少し付け加えて見ると

 「私は
  (医学的に全く健康なときの)
  私ではなく
  (がんという問題を抱えているが)
  それでも
  (私の本来の面目を保った)私なのだ」ということです。

私自身もつくづく思います。
私にとって、セミナーや研修の仕事ができることが
何よりも大切なのだと。
勿論、一緒に会社をやっている代表は
私が発病してから10年、スケジュール管理や
税務上の雑務、掃除などにとても気を配ってくれています。
そういうところで支えてもらっているから生き延びていると
痛感しています。
そして朝起きて仕事場に行き、人前に立つと、
私は(がんとの共生を)うまくやっていると感じます。
そうである限り、この病気で、
そして片胸であることに私はへこたれないし、
「私は私でありうる」という自信と喜びが
深い心の井戸から湧いてくるのです。

上田氏の「私は、私でなく、私である」というこの言葉が
今は大好きです。

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