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克服の新たな解釈(vol.457/2011.7.06)

「この病になって11年経った」と人に言うと
多くの人が「がんを克服なさったのですね」とねぎらってくれます。
その気持ちはうれしいのですが
自分はあんまり「克服」という言葉が好きではないのです。
いえ、正確に言うと、好きではなかったのです。

なぜ、好きになれないかと考えてみると
「相手を(がんを)踏みつけて、ねじふせてやったぞ」
というイメージがこの言葉にはあると思っていたからです。
なんせHPの名前を
「ブレスト・キャンサー・ギフト」と名付けているくらいですから、
こんなスタンスの言葉は「鬼門」と考えてました。

しかし、この前、ふと、克服という字を分解してみました。
「打ち克つ」と「服させる」。
この後者の「服させる」をよくよく考えていくと、
「連れて行く」ということなのだとひらめきました。

つまり、屈服させて打ち捨てておくのではなく、
「連れて行く」のです。
連れて行くということは自分の味方にしたということです。
今まで敵だと思っていた相手が部下になって
働いてくれたりするわけです。
そんなイメージが湧いてきたら
「克服」も悪くないなと思いました。

敵だと思った者が味方になる。

そんな捉え方、生き方、付き合い方が私の理想です。

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