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「なんで」はともすると残酷な言葉(vol.461/2011.11.28)

「なんで、医者に聞かないんだろうね?」
「おかしいよね、聞けばいいのに!」
「数値を聞くことがどうしてそんなに怖いんだろうねぇ」

これは先日、たまたま電車で隣り合わせた二人、
おそらく親子と思われる女性の会話です。
特に娘さんと思われる30代とおぼしき女性は大きな声で
「なんでっ、聞かないんだろう?」とずっと繰り返していました。

どうも知り合いの方ががんになり治療をこれから始めるようです。
そのがんがどのくらいに進行し、どんな大きさ、数値かを
その患者さんは積極的に医者に聞かないまま
(その人たちの解釈では医者も告げないまま?)、
治療がスタートすることをいぶかしく思っての感想のようです。

心の中で私は
「そんなふうに思えるあなた達は健康に関して
とっても幸せ者なんだよ。
でもね、幸せすぎて、大事なことがわからなくなっているかもよ」
とちょっと辛口に聞いていました。

そして私もこの親子のようにこの病になる前は
思っていたなとも思いました。

聞きたくても聞けない。
怖いから知らずにいたい。
大の大人が恐ろしくて子供のようになってしまうことがある。

それがこの病で出会う最初の関門なのだと思います。

ドクターも知らせなければいけないときは知らせますし、
怖くて聞けない時はそれでいいんだと私は思います。

「なんで?」というのは本当に残酷な言葉だと思います。
詰問調に聞こえますからね。

そしてそんな微妙なニュアンスは
健康で何も挫折がない人には別の地平のことなので
分かり合えるのは難しいセンスだとも思います

この病になったからこそ持つことが出来る
微細なセンス。
そのひとつが行き詰っている人に
「なんで?」と聞かなくなったこと。

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