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サードマン現象(vol.462/2012.1.10)

数ヶ月前になりますが
夜中にふと目が覚めて眠れないのでテレビをつけたら、
NHK教育テレビで面白い番組を再放送していました。

それは「サードマン現象」というものでした。

これは極地や高山などで生還を期しがたいような絶望的な状況に
追い込まれた人間は
目に見えない何者かがそばにいる気配を強烈に感じる、
という現象だそうです。
体験者はその「存在」に守られ、
導かれているような安心や希望を感じ、
結果的に、奇跡的な生還を果たすようです。

もちろん、その現象は誰にでも起きるわけではなく、
また、それを体験したからといって、
必ず生還できるというわけでもないようですが。

それを聞いて思いだしたのは、
確かに自分も入院中、特に当初、化学療法が効果を出さす、
絶望的な気持ちになった際、
病院の屋上に夜中に行った時のことです。
今思えば1月、2月の夜の屋上をパジャマ姿で出るのは
大変によくないことです。
でも屋外の空気を吸いたくて、
とはいえ寒いので数分ですが
夜の屋上によくこっそりと行ってました。

あるとき、そこで小学校で習った讃美歌をふと思い出しました。
それは下記のようなものでした。

♪日暮れて 四方(よも)は暗く
  我が魂(たま)はいと寂し
 寄る辺なき身の頼る
  主よ 共に 宿りませ

忘れていた歌詞、そして小学生にしたら
随分と難しく暗い内容の歌でしたが
30数年の時空を経てふと思い出したので
一人で何度も誰もいない夜の屋上で歌ってみました。

その時、何かふと人だか何かの気配を感じ、
優しく包まれたような気持ちになりました。
寒さも何も感じなくなり、
落ち着いた気持ちになりました。

サードマン現象で検証されていることは
「極限を脱出すると同時に、
『第三の人物の気配は消えてなくなる』」と言うことだそうです。

確かに今ではその讃美歌を歌っても何かに包まれているような
暖かさも感触も感じないです。

サードマンは宗教や文化の違いでその外見や気配は違うようですが、
大事なことは人間の脳の中にこうした装置が組み込まれている、
ということです。

何か大きな存在に必ず守られているというその感覚が
究極の時の大きな命綱になりますし、
それは心配しなくても必ず開くパラシュートのように
どの人にも装備されているということは興味深いことです。

<参照>
(1)NHK教育テレビ「地球ドラマチック」『サードマン現象』

(2)『サードマ』という言葉は、
  T・S・エリオットの有名な『荒地』という詩の中の、
  <いつもきみのそばを歩いている第三の人は誰だ?
   数えてみると、きみとぼくしかいない
   けれど白い道の先を見ると
   いつもきみのそばを歩くもう一人がいる>
  という一節からきていると言われています。

  この詩は、1916年、探検家シャクルトンの一行が
  南極周 辺の海域で遭難し残された小舟で脱出する壮絶な旅の途中、
 目に見えない何者かが一緒にいたという有名な体験談に
 インスピレーションを得たとされています。
 ※トマス・スターンズ・エリオット
  (英: Thomas Stearns Eliot、1888年9月26日 - 1965年1月4日)
  イギリスの詩人、劇作家で文芸批評家である。

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