« 可能性の数字の無意味(vol.463/2012.2.17) | トップページ | 盗賊?お姫様?(vol.465/2012.4.12) »

「さよなら」という言葉の意味(vol.464/2012.3.20)

チェックしているメルマガ
「spiritual bookstore  B O O K  C L U B   K A I」の中で
下記の言葉が紹介されていました。

”「サヨナラ」を文字どおりに訳すと、
 「そうならなければならないなら」という意味だという。
 これまでに耳にした別れの言葉のうちで、
 このようにうつくしい言葉をわたしは知らない。”

 ~アン・モロー・リンドバーグ:著
   『翼よ、北に』(絶版)より~ 

「ありがとう」や「いただきます」も語源を辿ると深い言葉ですが
「さよなら」の言葉の成り立ちは知りませんでした。

そこでネットを通してですが世界の別れ言葉は調べてみると
おおよそ3タイプに分けることができるようです。

一つは「グッドバイ」「アデュー」のような「神の加護を願う」もの。
(知らなかったのですが、グッドは神(GOD)に由来するのだそう)

二つ目は「シーユーアゲイン」「再見」のような「再会を願う」もの。

そして三つ目は「フェアウェル」「アンニョンヒ、ゲセヨ」のような
「相手の無事息災を願う」もの。

しかし日本語の「さよなら」はどのタイプとも異なるそうです。
つまりリンドバーグ夫人が紹介しているように
「「さよなら」は「さよう(である)ならば」
「そうでならなければならないなら」から生まれた言葉だから。

何を「そうでなれなければならないなら」と
私たちの祖先は言っているのでしょうか?

色々と考えてみた結果、私なりの結論は
一つは別れの時までに
自分がやってきた事のいろいろを確認をしているのでしょう。

そしてもう一つは、
私たちの人生は自分の意志を超越した不可避な出会いや、
別れに充ち満ちているけれど、
それら全てを「そうならねばならないならば…」
と静かに引き受ける諦念なのだと思います。

思えばこの病になって同病の仲間の何名かを
「そうでなくてはならないなら」とあちらの世に見送りました。

これからはさらに頭(こうべ)を垂れて、
この「さよなら」をかみ締めていきたい、
と思う彼岸の夜です。

HPへ
ブログへ
メルマガへ

|

« 可能性の数字の無意味(vol.463/2012.2.17) | トップページ | 盗賊?お姫様?(vol.465/2012.4.12) »

心と体」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。