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人はどんな時でもなんかしたいのだ(vol.473/2013.03.31)

寒暖の差が激しい中にも春の気配を感じる日々。

そうしていたらふと、入院中の春の風景を思い出した。

私はがん保険に入ってなかったから、
「差額ベッド代が払えない」と言ってゴネて(?)(*_*;、
ずっと相部屋に居座っていた。
だからカーテン越しに
周りの患者さんの気配感じて、
というか聞いて日々を過ごしていた。

暖かくなってくると週末は同室のそれぞれの患者さんに
お見舞いの人が一気にやってくるようになった。
(1月から入院したので、冬、春、初夏という3つの季節を経験した)

そうなってくると患者さんたちは
院内の売店に事前にいそいそと出かけ、
缶ジュースやゼリーをしこたま買って
共同の冷蔵庫に名前を書いて備蓄していた。
そしてお見舞客が来るとそれを出して
「飲んで、飲んで。どれがいい?」と嬉々として聞いていた。

でもお見舞いの人は大抵面喰って
「そんなつもりで来たんじゃないから」と言って
両手を突き出して拒否をする。
すると患者はさらに「いいから、いいから」と言う。
何度かそんな押し問答が繰り返されることが
自分のお見舞客も含めてよくあった。

今、つくづく思う。
それは、
がんになっても、
人は人になにかしたい、
人は人にご馳走したい、
そんな生き物なんだということ。

どんな時も人は同情されるのではなく、
人に何かしたい、そんな健気な生き物なんだと言うこと。

今なお、復興が遅れている福島をはじめとして
東北の方々にはそんな気持ちがたいせつなんじゃないかな。

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