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なぜなしに生きる(vol.482/2014.06.25)

”人間は「なぜなしに」生きる”
 by マイスター・エックハルト(1260年頃 - 1328年頃
 中世ドイツ(神聖ローマ帝国)のキリスト教神学者、神秘主義者)

という言葉に出くわした。
 (『猫だましい』河合隼雄:著・新潮文庫)

河合氏はファンタジー小説について述べている中で
紹介しているのだが
がんと共に生きることも
やはり「なぜなしに生きる」ことになるのだと私は思う。

勿論、一応「がん」という病名をつけてもらうが、
でも未だに決定的な解決策はなく、
原因の特定もはっきりしないのが現実だ。

『猫だましい』の中で河合先生は

”ファンタジーの本質は
 「なぜなし」に存在し、
  「なぜなし」に納得させられる」ことではなかろうか”

と書いている。

確かに児童文学ではたとえば突然、子供に翼がはえていたりする。
なぜという明確な答えはなく、話は進行していく。

がんもある日突然に宣告され
私を含めて多くの患者が
「先生、なぜ、こうなってしまったんでしょう?」と医者に尋ねるが
「まぁ、今までのことはおいておいて、
 ここから治療をしていくことを考えましょう」
というようなことを言われ、
納得できなくてもとにかくこの病と生きていくことが始まる。

Flower1004

「そんな馬鹿な」と言う人もいるかもしれないが
がんという激流の中に入っていくと、
もうとにかく「なぜなしに」やっていくしかないな、と痛感する。

上述の書籍の中の言葉を借りれば

”そんな馬鹿ななどという人は
 人生を真剣に生きていない人である”

人間は確かに「なぜ」と考えるのが好きであり、
「なぜ」がわかると安心する傾向はある。
「なぜあり」は安心だし効果がありそうだ。

しかし生きていると
たまに「なぜなし」に生きないとならない、
そんな出来事、問題、事件に遭遇する。
それが私たちの人生なのだと思う。

もうすぐ退院記念日の6/30だ。
14年前の今頃は
「果たして私の病は治ったのか、どうなのか」と
誰に聞いても?でまさに「なぜなしに」生きる人生の
スタートをヨロヨロと切ろうしていた私がいたなぁ。

なぜなしに生きた人生の光明が時々差し込む瞬間がある。

昨夜、ある県の県庁からがんサポート企画としての
講師の仕事の依頼が来た。
ありがとうございます。

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