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2016年9月

親の葬式を出せるという幸せ(vol.504/2016.09.16)

前回の記事を書いてから大分間が空いてしまった。
理由はお盆明けの母への突如のがん宣告。
それも末期がん。。。

人は八十を過ぎたらがんにはならないとか、
母は丈夫だから事故か老衰で亡くなるだろうとか、
父のほうが元々病弱だし
2つのがんを抱えているから先に亡くなるだろう、
と勝手に思いこんでいたことが
ガラガラと崩れていった今年の夏。

でも頭の隅っこでは
妙にホッとしている自分もいる。

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それは「親の、それも両親の葬式を
私が出せる確率が高まったな」ということ。

自分は子供がいないけれど
もし子供の葬式を親が出すとなったら
その心境はいかばかりか。

小学生の頃、近所で交通事故に遭った子の
お葬式があったことがある。
その時に近所のおばさんたちが集まって
ひそひそ声で話していたことは
「さかさだからねぇ」。

「さかさとは何か」を無邪気に尋ねたら
眉をひそめてあるおばさんが教えてくれたのは
「順番で行くと親が死ぬのが普通。
それが逆になっているとこう言うんだよ。
さかさだと親は焼き場にもこのへんでは
(昭和三十年代の風習と思うが)行けないんだよ」。

自分ががん宣告を受けた時に
走馬灯のように色んな思い出が駆け巡ったが
この時の光景がもしかしたら一番顕著だったかも。

当時41歳の自分が必死に思ったことは
「色々好き勝手に生きてきた私だけど、
親に葬式を出させるとは(←と宣告直後はそう思っていた)
一番の親不孝だな」ということで落ち込んだものだし、
今日まで16年生き延びてきたことの
原動力はまさに
「さかさを親に味あわせるのだけは
避けたい」という思い。

そしてこんな思いを綴った詩を
退院後にたまたま買った詩集の中で
みつけたので今日はそれをご紹介。

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作者はなんと、あの糸井重里さん!!

ひとつ やくそく 

おやより さきに しんでは いかん
おやより さきに しんでは いかん

なにを いうかと おもうだろうが
そんなこと しるかと おもうだろうが

おやより さきに しんでは いかん
おやより さきに しんでは いかん

いくつも いったら まもれないけど
どうせだったら ひとつだけ

おやより さきに しんでは いかん
おやより さきに しんでは いかん

ほかには なんにも いらないけれど
それだけ ひとつ やくそくだ

おやより さきに しんでは いかん

  ~『一編の詩が あなたを強く抱きしめる時がある』(PHP)より~

※補記
 この詩にメロディがついて、上条恒彦さんが歌っているCD発見。
 視聴ボタンもありますよ→ こちら

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ホント、親より先に死んではいかんね。
逆に親より後に死ねたら、
あとは多くを望まなくてもいいのでは・・・。

この詩をお経のように密かに唱え、
小さな幸せを噛みしめ、心のバランスを取る今年の秋。

<追記>
母のがんは中咽頭がんでリンパ節にだいぶ入っているので
老齢でも進みが早いとのこと。
それでも何とか手術、放射線治療をするので
今月末から私の仕事は最低限になったり、
予定変更の可能性が出てきました。
早目にその場合はお申込みの方にお知らせします!
ご了承ください。
出張講座はすべて予定通りに行います。

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