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人が民間治療に走る訳を考えてみた(vol.515/2018.2.15)

このところ、続けて似たような状況の話をお聞きしたり
メールを頂いたりしたので
ちょっと考えてみたことがある。

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それは大病をご自身あるいはご家族がなさり、
ついフラフラと高額の水とか
治療器具といった非科学的なものを買ってしまい、
今はその魔法が解けて
使ったお金や時間に後悔している、というもの。

うんうん、自分もそんなことが何回かあったわん。
(苦笑)
私の場合はがんになってだけでなく、
その前にも何度かあったんだけど。。。。
(若気の至り?)

そこで自分の当時のことを振り返ってみると
その時はその場にいる人が
心底親身になってくれているように感じたり、
私という人間に興味を持ってくれたように感じて、
嬉しくなってつい署名をしたり
お金を払ってしまった気がする。

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それをもっと突き詰めて振り返っていくと
そういうことをした直前に
まったく逆の出来事に遭遇していたように思う。

それは例えば
一見ニコニコして迎えてくれるけど
こちらが一歩踏み込んだ質問や
リクエストをするとさっと引かれたとか、
その人の想定外の領域には
ぐっと踏み込んではもらえなかったとか。

そしてそこで言われたことは
「はい、~をしてね」
「~をちゃんとやってる?
 それ以外はないからね」
「あとは自分で頑張ってね」
「絶対よくなるとは言えませんよ、
 じゃ、薬局に薬を取りに行ってね」
「はい、次~、ニコニコ、さよなら~!」。

こういった
ツルツルの
なんのひっかかりもない薄っぺらい
笑顔の寒さを味わうと
嘘でも「一緒にがんばりましょう」
と言ってくれるほうに
行きたくなるのは当然のように思う。

そしてそれがその人の満足とか
経済に見合っていれば何も問題はない。
ただそうでない場合は
大きな遺恨を残すことになる。

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ではそういう被害や後悔をしないために
どうしたらよいか?。
少なくとも私はどうしてきたか?というと、
「自分を頼みにする心」
を育ててきたように思う。

それは自分に自信を持ちすぎるのでもなく、
でもいざとなったら「自分が何とかするだろう」
と日頃から呪文のように、
お題目のように(?)唱えておくということ。

これがお金がかからず、
案外威力を発揮するように思う。

って、これは何も病気との付き合い方だけでなく、
人生で困ったときの
一つの対処方法とも言えるかな。

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