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2019年8月

雑談の効用(vol.527/2019.8.6)

街の色々なところに都内では

置いてあるフリーペーパー。

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これをもう読み終えたのに

つい家に持ち帰ってしまい

ゴミに出す時に苦笑いをしている。

 

というのは生前母は

これを読むのが好きだったのと

載っている新商品や東京の隠れスポット等、

他愛のない話をごはんを食べながら

母としていたから。

 

そんな母との時間が

いざ無くなってみると

雑談の温かみをひしひしと感じる。

 

今はかろうじて、

仕事で来ている弟と、

ときに友達と、

そして稀に親戚やご近所からの電話で

なんとか確保できている。

 

例えば原爆記念日の今日は弟とさっき

「お母さんは『この日が暑さのピーク。

 あの日も暑かった』って、毎年毎年、

 同じ話を延々としていたね」と。

 

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わかりあえることなんて、

このくらいでいいのかもしれない。

一日に一度自分が本心からお天気の話をして、

それに応えてくれる相手がいれば、

それだけで孤独は遠ざけられるかも。

 

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思えば乳がん患者さんへの

病棟訪問ボランティアをしていた頃も

(↑所属していた会ではもうこの制度は無くなったよう)

何を話そうと気負って行くのでなく、

 患者さんからの話が取り立ててなかったら、

 天気などの日常会話でもいいんですよ

と習ったことは印象的だった。

 

確かに自分が入院中は

とってつけたような慰めを聞くよりも

見舞いの人と雑談をしたほうが

ずっと心が軽くなった。

普段通りにしてもらったほうが

気が楽だった。

外出が少ない入院患者には

見舞い客との会話で外の空気を

感じる程度でも十分に楽しいのだ。

 

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何を言えばよいか事前に考えた話は

心に響かない。

それよりも見直したいのは

日常会話。

それは色々な場面でだと思う。

 

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